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田原城跡は生駒山系から東へ延びる標高約174 mの丘陵先端部に立地しています。城の北方に清滝街道、麓に古堤街道が通じる河内国と大和国を結ぶ要衝の地に築かれており、戦国時代末期には飯盛城の東方を抑える支城でした。
城主は江戸時代の文献に「田原対馬守」と伝えられます。城跡の北方では城主の菩提寺である千光寺跡の発掘調査により鎌倉時代(13世紀代)の城主のものと考える墓と、天正9(1581)年銘の「田原レイマン」キリシタン墓碑が出土したことから、田原氏は鎌倉時代頃から安土桃山時代まで田原地域を治めたと考えています。
今回作成した解説板は田原城の本郭北側に設置しました。本郭の北側は見晴らしがよく、遠くに千光寺跡も望めます。今後もこうした田原城跡の整備や活用を進めていきます。

広報四條畷LIFE 令和7年5月号掲載