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楠(楠木)正行(くすのきまさつら)は楠木正成(くすのきまさしげ)の子で、南北朝時代の正平三年(1348年)の四條畷の戦いで北朝方の高師直(こうのもろなお)と戦って討ち死しました。
正行の遺骸はこの地に葬られ墓石が建てられたと伝えられています。その後80年経ってクスノキ2本が植えられ、成長を続けたクスノキは墓石を包み込み2本が1本となって現在に至っています。
現在墓所にある石碑は明治11年に建てられたもので、大久保利通の揮毫(きごう)による「贈従三位楠正行朝臣之墓」の銘が刻まれています。
交通:JR学研都市線四条畷駅下車西へ徒歩5分
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