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沿革・校区・校歌・その他

沿革

学校ができたころは、四條畷が市ではなく、まだ町とよばれた時期でした。四條畷町(当時)では、昭和40年頃より大阪市のベッドタウンとして急速な都市化が進み、四條畷小学校の児童数が急増しました。このため、昭和43年に町議会において小学校の新設が可決され、建設準備が進められました。校地は四條畷中学校が移転したことにより、その校地跡に決められ、建設されることになりました。

そして、昭和44年4月1日に、四條畷小学校が分離され、校名は四條畷南小学校とされ、本市で3番目の小学校が誕生しました。

校区

開校以後は、昭和46年の四條畷西小学校、同54年の北出小学校の新設に伴い、校区が改正されました。

現在の校区は、北部は国道163号線で四條畷小学校区と接し、東部はJR学研都市線と一部旧高野街道を境に四條畷東小学校区に接し、西部は国道170号線でくすのき小学校区に接し、南部は大東市に隣接した、ほぼ鍵(かぎ)型の地形で、町名は、美田町・中野新町・米崎町・楠公一丁目、楠公二丁目となっています。

校章

校章の画像

校章は、「みんなの校章をみんなでつくろう」という考えのもと、広く募集され、一般より27点、児童より41点(学級審査通過作品・実際には200点以上)の作品が寄せられました。これをもとに審査が行われ、校章は高垣雅一氏(楠公)、佐伯洋子氏(楠公)の作品を合作して決定されました。周囲は、くすの木の6枚の花弁をあらわし、中に畷南小と校名が入っています。

児童会旗は森口律子さん(当時6年生)が描いた作品が採用されました。

校歌

作詞 木村芳治、作曲 森正雄

一、
飯盛山に 吹く風が
ここまで のびよと 呼びかけりゃ
みんななかよし 肩くみ合って
ぼくら畷の みなみっこ みなみっこ

二、
楠のみどりに 吹く風が
すくすく のびよと ささやけば
くんだなかまの 輪が広がって
わたしら畷の みなみっこ みなみっこ

三、
清瀬の水に 吹く風が
明るく のびよと ほほえめば
握る手と手に 力がこもり
ぼくら わたしら みなみっこ みなみっこ

(昭和49年1月17日制定)

「しじょうなわて」の表記について

「しじょうなわて」を漢字で書くときには、「四條畷」が正しい字です。
以前は「四条畷」を使うこともありました。JR学研都市線の駅名は今でも「四条畷」です。
私たちの学校名も「四條畷市立四條畷南小学校」と書きます。